しばし三蔵法師の足跡に思いを馳せる



戦争屋どものせいで、またキナ臭いムードである。
貧しいこの私も、いつか小銭を貯めて、中央アジアに古代バクトリアの面影を求めて旅をしてみたい、そんな夢も政情の不安定さから、見果てぬ夢に終わりそうな予感がする。
仕方がないから、三蔵法師の足跡を辿る本でもって、観念で憧れの世界を構築して旅してみようではないか、と読みはじめた、『玄奘三蔵、シルクロードを行く』。
その用途として使う分には、この本は何度でも読み返して脳裏に描き込むことができる。

足跡を辿ると玄奘三蔵は、洞察力といい観察力といい、驚くほどに賢い坊さんだったようである。ただ闇雲にガンダーラを目指したのではなく、きちんと周到に準備をして、綿密に下調べをして、国禁を犯して旅に出たのである。
旅先では歓待されたり、引き止められたり、贈り物を貰ったり、手紙を託されてメッセンジャー的な役割もこなしたりしている。
昔の王様たちは、仏法に耳を傾けるのが好きな人が多かったのか、単に玄奘三蔵の説法が、人の耳に心地良かったのか。
しかしどうして私は、このように賢い人に生まれてこなかったのか。かわいそうに、私。

大雪山の険しい道のりを越えてバーミヤンに至る間には、現在も未だ調査のされていない未踏地があるらしい。
以前タリバンによって破壊されたバーミヤンの大仏の他に、あそこにはまだ発見されていない、巨大な涅槃像があるらしい。その涅槃像の記録を、三蔵法師は残している。
あの地域が平和でなければ、調査も困難だろう。

三蔵法師の時代、バーミヤンは他の近隣諸国と際だって違う、
「上は三宝より下は百神に至るまで真心をいたさぬものはなく、心を尽くして敬っている」
「信仰心の篤い国」だったそうだ。
洋の東西の交流点で、異なる宗教がそれぞれ共存しあって生まれた文化。その地域で平和が保てなければ、その文化も存在しなかったと思うと、平和の尊さが切に身に沁みるのである。
愚かな戦争の時代が無くなることを、昔の大勢の人たちも願ったのだろう。遺跡からは”大仏造営にたずさわった仏師や工人たちの祈りの沈黙の声が聞こえるような”、丁寧に納められて年代を経たような仏教写本が見つかったとか。

そういった、バーミヤンで盗掘された仏教写本を、今はノルウェーの富豪が所有しているとか。
ノルウェー。ブラック・メタルの故郷か…。

脳内が古代バクトリアな私 (2014/1/26)



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