『幻聴の世界―ヒアリング・ヴォイシズ』



A型おひつじ座は、ホントに負けず嫌いである。
ダンナの独り言が多い()のは、真性キチガイの私に負けたくないからだ。
どうしても「おまえなんかより、オレの方が狂っている」ことにしたいらしい。

さて。

精神疾患の幻聴を聞く「ヒアリング・ヴォイシズ運動」というのがあるそうだ。1987年にオランダで興った運動だそうだ。
私が幻聴を聞くようになったのは、その翌年の1988年で、自分の状態を「病気」であると理解し、自分自身で受け止めたからといって、日本では当時、適切に治療する術を誰も持たず、私はひたすら薬漬けにされるがままだった。
浦河べてるの家()の当事者研究のような活動が日本で興ったのは、私の病気の発現から、随分後年のことである。

病気の発現後、私の家族らは、私を厄介払いしたくて仕方がなかったようで、私を「無いもの」として取り扱い、家族らと私はまともに向き合うことも、対話が成立することもなかった。
家族らから拒絶されたということが、結局は私の深い傷となり、関係も修復不可能なまでになり、そしてそれは今後も良くなる見込みは無い。また、その私の家族と結託した精神科医らも同様。

虐待者は、地域社会で信頼される地位についていることが多く、この地位を利用するということだ。虐待にきちんと対処できずにいると、その虐待は一生ついてまわり、人間関係の面で人生にさまざまな影響を与えてしまう。

精神医療システムは回復を全く期待しておらず、その代わりにただ生命の維持・管理に重きを置いているようだった。私は医療システムのなかで働いていた人たちがケアしてくれなかったといっているのではない。私に服を着せ、食事を与え、住むところを与え、きちんと服薬させた。ただ、かつての私に戻れるという可能性を考えなかった。

精神医療システムが教えてくれたことは、どのようにしたらよい患者になれるか、ということだった。精神医療システムは完全な統合失調症患者を作り出したのだった。

しかし私の場合、たまたま病の過程で、私を拒絶したり否定したりしなかったのが、アナクロい「拝み屋さん」()であった。今思えば、この「拝み屋さん」がやっていたことこそ、ヒアリング・ヴォイシズ運動の先駆けであった。
「拝み屋さん」がやっていたことを、更にグローバルな基準の落としどころにまで持っていき、明確に「人権」の意識を組み込めば、まさにヒアリング・ヴォイシズ運動であり、そのままピア・サポートであった。

幻聴の世界―ヒアリング・ヴォイシズ』。
これは当事者も、当事者に関わる人々も、皆が知っておいて損はない内容だろう。
こういった、「ちゃんとした」内容の書籍が世に出てくるようになったのも、ほんのここ数年だろう。それ以前の統合失調症のことを書いた本は、何も響かない、本当にヒドいものばかりだった。当事者を無理解の囲いに押し込めるための枠のような本ばかりだった。

現在の大多数の医療では、統合失調症の幻覚や妄想に意味が見出されたとしても、「これは病気の症状だから薬で治療しましょう」といって対処されてしまう。薬物療法だけで、その人の苦しんできた生活史や記憶が払拭されるわけではないのだ。統合失調症という病をもつ人に、一人の人間として対等に接し、人権を保障するという世界的な理念がある。しかし、日本の医療福祉現場にあってはどうなのだろうか。
「発言して、認められて、ともに何とか対処して行こうじゃないか。率直に語らい、ともに学んでいこうじゃないか」
これが、ヒアリング・ヴォイシズの考え方なのではないだろうか。

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