最近ちょっとイラっとした話



『週刊東洋経済』の「貧困の罠」特集号を買った。
現状の貧困問題の総括で、現状の貧困が何かわからない人にも、何がどうなっているのかがわかる特集なのだが。
一点、竹中平蔵のコメントが、私と同じ考え()だったのが、すごく気持ち悪かった。

”具体的には、「給付付き税額控除」をぜひ実現すべきだ。”

しかも冒頭で、「私も以前から貧困対策を重要だと思ってきた」などと、風向きが変われば何とでも言えるようなことをのたまっておられる。まったく、猛々しい盗人だ。私はこういう下劣なものに生まれなくて、心から幸いだった。
ちなみに、私の確定申告書の控えは平成13年まで遡ることができる、私はひじょうに生真面目な納税者である。多分、竹中平蔵が「自己責任」とのたまって大勢の人の殺戮を嬉々として眺める以前より、私は「給付付き税額控除」には大歓迎である。

そもそもあの輩は、人間のいのちなぞ、他人のいのちなぞ、何とも思っていなかったはずだ。そこへの想像力など、まったく及びもしなかったはずだ。そうでなければ、ああいった大それた肩書きの人間にはなれるまい。その上で「失敗を恐れなければいい」だけとくれば、小心者にとってはあんな楽な商売はない。


この竹中平蔵のような口先の小心者の強そうな言葉に騙されやすい、辺野古の基地移設賛成の、ガチガチの保守の団塊の利用者は、戦争の話が好きで、歴史が好きで、三国志が好きで、三国人が嫌いで、究極、自分の生活のために、自分以外の人が人身御供になるのは「仕方がない」という根本が透けて見える。そして「教養のある、英国紳士のようなカッコいいジイさんになりたい」とか言っているのだが、私からすると、ちゃんちゃら、ヘソが茶を沸かすのである。
ちょっと前に流行った、脳内お花畑のスイーツ女子と何ら変わらない、スイーツジジイである。

この利用者のように、多くの立派な大人たちでさえ、生きる雰囲気に酔って生きているつもりになれていたのが、これまでの時代だと思う。
こういった人は実際、しっかり成熟した人のようで、ちょっと突くと、中身は本当に虚ろである。彼が言う「現実的な話」とは、単に「現実っぽい話」に過ぎない。「現実っぽい話」に執着して、よりリアルな現実っぽい妄想の中で、あらゆる答えを出して、物事を断定しきって安住している。

私は、いのちを受けて生まれたものが、自分のいのちを生ききるにはどうすればいいかを、試行錯誤するので、誰かが自分のいのちを生ききることができずに犠牲になるのを、「仕方がない」では終わらない。根本的に違う。根っこが違う。相容れない。
こういった私には様々な可能性が与えられるが、利用者のような人は何の可能性も無いので、もう既に終わっている。

私はそんな利用者を、残念ながら、根本から軽蔑してしまっているのだが、そんなにも軽蔑されながら介護を受けるのは、どんな気分なのだろう。まぁ巧い具合に、本人は私が根本から軽蔑しているとは思いも寄らないだろうから、特に問題は無いかもしれない。

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