「二十年経ってオウム事件の反省」とか



3月20日は地下鉄サリン事件から二十年目だったとか。
地下鉄サリン事件の年は、阪神淡路大震災の年で、私はその頃ちょうど神戸にいたためか、どちらかというと私の記憶のウエイトは、そちらの方に比重がかかっている。あの時、私は二十二歳だったか、菊池直子は私と同じ歳の人だったと記憶している。(検索すると、正しくは私は菊池直子の一つ下の学年だった。)

私は地下鉄サリン事件が起こるまで、オウム真理教の存在を知らなかった。低学歴が幸いして、遭遇することも勧誘されることもなかったのだと思う。加えて、私はその頃、ある拝み屋さんの世話になっていた()。仮に、私が出会ったのがその拝み屋さんではなくて、オウム真理教だったら、私は入信していただろうか。

ネットのニュースでちらっと、オウム真理教の世界観を見ると、”今の人間というのは、動物以下”というのがあり、これは私も頷ける。しかし、”今の人間が動物化した以上、あるいは動物以下になった以上、それをコントロールしなきゃならない”となると、その傲慢さがアレなんとちがうんか、と私は思う方なので、多分どのみち、オウムは信じ切れなかったのではないか。

更に実は、私が当時世話になった拝み屋さんというのが、どれだけ拝もうが、私から一切金をとらない人であった。無償だったから、お金の無い女子高生時分から通いやすかったし、無神論唯物主義のエコノミックアニマルな親たちも、お金がかからないから、私が拝み屋さんのところに行くのを止めなかった。
思い起こせば、いや本当に、あの拝み屋さんにはお世話になった。


で、私はオウムの信者、あるいは元信者といった人に、今まで出会ったことがない。私の身近にそれがいたことがないので、「二十年経ってオウム事件の反省」とか、「何を?」というカンジである。あれの反省が必要だとしたら、奇怪なオウムのイメージを垂れ流して、何も知らない私のような者に、「オウム、キャー怖い」というイメージ以上は何も理解させ得なかったマスコミの人たちばかりかもしれん。だって、私の知り得るオウム情報といえば、マスコミ情報だけだもんで。
しかしそうしてみると、ヒステリックな恐怖情報こそ、容易に心を掴んで捕えてしまうのは、なぜか。「恐れ」こそ、人の隙につけ入り易く、妄想を生み易いとは、何かの本で読んだかもしれない。

しかし、恐れていることについて「悩む」とか「思考する」とか「反省する」とか、しない人は一切しないものである。恐れは「無い」と両断して、恐れそのものをネグレクトしてしまうことで、安穏とした生活を送ろうとするくさぐさの民にとって疑う余地のない、それが正義なのだと思う。
「そんなこと考えたこともなかった」「そういうものだと思っていた」「考え過ぎ」。一見暴力的でないこのテの言葉で伸されてしまったものの中に、「オウム事件の反省」の糸口も、多分あるのかな、とは思う。

ところで最近、私は『スッタニパータ』(仏教聖典)と『アヴェスター』(ゾロアスター教聖典)を交互にねちねち読みながら、床に就く。
それで明らかにわかることは、オウムって、まずそもそも仏教ではないね。

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