『博士と彼女のセオリー』を観た



映画の原題は『 The Theory of Everything 』ということで、余計な邦題がついている感であるが、私は理系の思考が皆無なので、高名な天才理論物理学者を私の土俵に引きずり降ろしてくる感じで鑑賞した。
最高に幸せな恋人の時間から、一転して余命二年を宣告されて、そう長くないなら最期まで愛を燃やし尽くす覚悟で、苦労と葛藤を全身全霊で引き受けたホーキング夫妻だったが、意外に最期が来ないで大人の事情に呑まれつつ、あれよあれよという間にあなた、半世紀経っちゃったんですけど、まぁ、子どもたちも大きくなりましたね、もしも時間が巻き戻せたら…みたいなお話。

私は映画の一番最後、博士のブラックホールの特異点の証明の追体験のように、時間が巻き戻される映像、あれがなぜだかわからないけれど涙腺が緩んだ。なんで涙が出るんだろう、ここで泣ける理由が、私自身わからなかった。

スティーブン・ホーキング博士の「車椅子の物理学者」の異名と、なんか凄い人らしいことは私も知っているが、物理学が何か知らないから、博士の著作を手に取ったこともなく、以前、博士が「神がいるならそろそろ現れてもいい頃」などと言ったときに、「この人、まだ神わかんないのかな。それとも、わかってるけど皮肉で言っているのか。…()」と思った。
今回の映画を観て、物理学者である立場上「神います、神わかります」とも言うわけにいかない、この博士は多分「神わかってるけど皮肉」ってる人、あるいは、いのちを賭けて神に挑むお仕事柄の人なのだろう、と思った。
映画を見終わって、難しい本でなければ、博士の著作にも触れたいと思った。

ちなみに、うちのダンナもしばしば宇宙について語るのだが、「誰かの受け売りではなくオレの考え」だそうだ。()しかし私は、海のこと殆ど知らないくせに「宇宙、行く、行く」つって、凄いもんにでもなったような気分の人類のムードには、これまでからホント違和感があった。

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