初めての豊島


瀬戸内海、直島()のおよそ隣に豊島がある。先日、豊島に行って、豊島事件の当事者から直接、お話を聞く機会があった。

今のところ、私が終の棲家としたい桃源郷として、ベストに挙げているのが豊島である。
産廃の不法投棄事件で、実に二十年以上闘い抜いて勝利した、もしやこの島はすこぶる民度の高い島ではなかろうか、と高松に移る前から気にかけていた。
ところがダンナは、私の希望に諸手をあげて賛同してはくれなかった。豊島事件のあったあの豊島であるからして、ダンナは水質汚染を理由に難色をしめしたのである。

何も知ろうとせずに、感覚的に頭ごなしに否定してきたダンナを見限って、私は数日ふてくされていたのだが、自分の手から離れていく愛に焦りを感じたらしいダンナの方から、しばらくして態度を軟化させてきた。

豊島に住む、住まないはともかく、まず、豊島のことを学ぼうではないか、というところで落ち着いた。
島の人たちが、長きにわたり闘い抜けたモチベーションとインセンティブは、何だったのだろう。何も知らない人々から心無い中傷や罵詈雑言を浴びせられ続けていたら、ふつう、心が折れてしまうではないか。

一度腐海に沈んだ、豊島はまるで「風の谷」である。そして、今の日本の縮図であり、世界的な先行事例である。この「風の谷」の住人たちは、フクシマ以降の成り行き、今後どうなっていくのか、何をすべきか、すべてお見通しだったのではないか。

そして、この島のナウシカは割腹のいいオッちゃんであった。豊島のナウシカは豊島事件の経緯を、まるで魂をちぎって投げるように語り尽くすので、口上を聞いているこちらはかなり胸熱。もう何回か、納得がいくまで、繰り返し聞きに行こうと思う。

豊島事件の勃発当時、私はよちよち歩きはじめた頃だ。
豊島事件の悪質な事業者の拠点だった小屋。保存されて、今は展示室になっている。
展示室の展示は豊島事件の住民運動を生々しく伝える。


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