『あの日の声を探して』を観た



『戦場のジャーナリスト』は、1991年のクロアチア戦争が舞台で、10年弱経って、映画化されたのが2000年。『ホテル・ルワンダ』の、ルワンダ紛争が1994年で、映画公開は2004年。どちらも、10年ぐらいのスパンか。ならばチェチェン戦争が映画化されるとしたら、2011年あたりだろうか、と私が予想したのが2008年()。
実際は『チェチェンへ アレクサンドラの旅』が同年に公開されたので、この予想はちょっとズレた。(『大統領のカウントダウン』はこのカテゴリには含まない。)

第一次、第二次チェチェン戦争を経て、100万人居たチェチェン人の、25万人が死亡。15万人は難民になり、15万人が国内避難民。
チェチェンの子供の40%が、視覚や聴覚に障害を抱えることになり、もっと重度の障害を抱えることになった子らも併せると、障害を負った子供のパーセンテージは更に増える。(
更にこの戦争では、国際法上禁止されているはずの兵器も使用された。
これほどの殺戮と破壊のもようが、情報統制のために、チェチェン人が声をあげても国際社会から注目されなかった。

という事前の知識があって、私はこの映画を観たのである。

あらゆる侵害行為の被害を被った人が癒える過程で、「当事者による思いの発露」という作業は欠かすことができない。その点で、この映画は重要で観る価値がある。チェチェンの人たちが遭った憂き目に、こちらも目を耳を凝らすべきだと思う。

”有名な映画監督の映画に出るということより、チェチェンの人々がロシア人から受けてきた暴力のすさまじさをようやく世界に伝えることができる映画に参加するということの方が重要”

とは、両親を目の前で殺されて、声が出なくなったハジ少年の姉ライッサ役のグルジアの女優の、本作の出演意図だそうだ。

やはり、暮らしの破壊ということは怖ろしい。そこに人災であるという事実が加わると、更に受ける傷は深い。人間でありながら人間に対する信頼が消え失せ、人々は分断され、分断された隙に播かれた憎しみの種は、一度播くとよく育つ。
聖書の十戒にしても、仏教の在家の五戒にしても、戒めていることの本質は侵害行為だと思うのだ。これを破戒したなら、人は人でなくなるし、人は人でないものを量産するようになるのだと思う。そうして積み重なった歴史の上に、我々の暮らしもあるのだ。それを、淡々と受け入れて、我々は日々を営んでいるのだ。

そして今、日本も、ひじょうにヤバいところにきている。
暴力に対して、侵害行為に対して、私はいかにあるべきか、悩ましい。

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