将来のことをあれこれ考えている









なんかまぁ、「爺は自分の失敗を隠すために、皆殺しを企てたのさ」ってカンジですが。
日本のデフォルト後、ことによると、日本の次の戦後どうしようか、ということを踏まえて、将来のビジョンを描かなければならないわけであります。
私の場合は、金もしがみつく既得権益も無く、キチガイという肩書きがあるくらいで、日本がどうにかなって何かを失うという心配も無いのは、自分のことだけを考えれば確かに強味ではあるけれども、しかし、今、この時代を生きている以上、ジジイが企てた皆殺しを失敗させる必要はあるな、と考えるのである。
そのために私ができることは、何であろうか、と考えつつ、それはいったん脇に置いておいて。


先頃、就農塾で「綿花をやりたい」と言って、県の職員を鼻で嗤わせてやったのだが、ところで、東北コットンプロジェクト()って、今どうよ、と思い出して、ちょうど昨年出版された三年間の総括の本を読んだ。

もしも本当に綿花栽培をするのであれば、どうしてもそれに関する情報が必要になるのだが、県の職員でさえ詳細のわからない農産品なので、情報の足がかりをどうにか掴まねばならない。
というか、私が「綿花をやりたい」などと大言壮語をかますのも、そもそも三年前に一度コットンサミットに参加()して、頭の中に東北コットンプロジェクトのことがこびりついていたからである。私も仙台に雑草を刈る手伝いのボランティアに行こうとしたが、時間と金の折り合いをつけることができず、断念した経緯がある。

まぁしかし、今の日本で綿花を栽培するということはどういうことか、という基礎の理念的なことは、この本に書かれているし、県の職員でさえ詳細のわからない農産品である綿花を、栽培して次はどこにつなげばいいかという道標もわからなくはない。
日本で死に体になった綿花栽培、だとすると、就農するなら逆にやってみたくなるじゃないか。と、まだ耕す農地も無い、今だから妄想できる。

しかし、今現在の年収が120万円ほどなのだが、綿花栽培で少なくともそれと同額以上の純利益が見込めるものか。もしもそのくらいの利益を見込んだ場合、どの程度の広さの耕地面積が必要になるのか、その土地はどのようにしてい手に入れるのか、不作だった場合、首をくくるしか道はないのか…等など、思案しなければならないことは山ほどある。





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