22時 室温32℃

「熱中症に気をつけて下さい」
と他人に促しつつ、それでも人間性がナマクラになるという信仰上の理由もあり、我が家にはクーラーは無い。政策にも貧困を押し付けられて、日常が我慢大会状態の中高年フリーターだもんで。
贅沢は敵だし、社会も敵。戦争なぞせんでも、平素から私の周りは敵だらけである。

地震兵器があるとかないとか。
雨を降らせる機械は、兵器にならないから作らなかったのか。
本当に皆が喜ぶような役に立つものを作ってはならないセオリーが、世界を支配しているのかもしれない。ビジネスマンとかビジネスパーソンなどという、あれらはビジネスバカと見限っても、特に間違いではないと思われる。

メタンハイドレードの採掘で地盤沈下させて、地震を誘発してまた再稼働した原発を事故らせて…という、ジジイが自害するのに国土もろとも道連れにしようという目論見が、悪びれることなく公然と進行中である。しかもジジイは自害のポーズだけで、死ぬ気が無いのがまたひじょうに傍迷惑である。

しかし凡夫というのは、騙されることにかけては一級品だ。
「人間の本質とは騙されることにあるのだ」と言われて、凡夫は「ほう」と頷き納得するのだ。

それをば阻止せんとすることは、沈みゆく船からバケツで水を掻き出すような作業にも似ているが、動いている限り、その作業も無駄と言い切れない。それでもいつか、その作業の手も止まる。その後は、バケツで水を掻き出しながら閃いたことを、実行に移すことになる。

ゆくゆく日本は、一切の羞恥心と躊躇いを超えて、胸を張って、麻倉未稀の「ヒーロー」を渾身のテンションで歌い切ってしまうようなウソの吐き方を求めてくる危機を孕んでいる。また、その方向に凡夫は流されていくと思われる。

バカバカしいのがわかっていることに熱意を傾ける。
到底、私にはできるものではないと、腰が引ける。
そんなムダなことに熱意を費やすために生まれてきたのかと思うと、溜め息しか出ないものだが、そもそも私は信条として溜め息をつかない。

この溜め息にもなれない、やり場の無いモヤモヤが、私を未来へ繋ぐ「何か」となるであろう。

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