地獄さ行っちまった


四月のアタマに知らないオジさんが来て、車でダンナを連れて行った。当分ダンナはタコ部屋に入るからと、荷物を積んで出て行った。

そうして数日経ち、梶子のオジさんとなったダンナからのメールを見ると、ホームシックになるくらいツラいらしく、私はダンナが泣いていやしないかと心配になって、漁港にダンナの寝起きするタコ部屋を探しに行った。

漁師の求人票には「未経験者OK」と書いてあるから、そうかと思って応募して、いざはじまってみると、どこが未経験OKなのかというほどに危険を伴う仕事らしい。ダンナは慣れない洋上で叱られつつ、船の縁の向こうに死を感じつつ、精神的に追い詰められて「選択を誤った」と深く反省していた。

かつての漁師ならたくさん稼いだのかもしれないが、どうも今時はかつてのように金になる仕事でもないらしい。私としても、こんなところでダンナに海の藻屑になられても、ひじょうに困るし、仮に金を稼ぐこともできすに断念して帰ってきても、命だけは助かったことを喜ぶべきなのだろう。

と覚悟はしているが、今のところまだダンナはケロッとして、地獄に出掛けている。
自然は弱いものからいのちを刈り取っていくから、弱気は禁物だ。

地獄を超えたあかつきには、網に掛かって海に捨てたゴミのような無数の雑魚を弔うべく、滝に打たれてミソギをしなければならない、とダンナは思っているらしい。無下にいのちを粗末にする、人間の暮らしの営みの業の深さを痛感した様子である。

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