「もっとゆっくりやれたらよかった」

失職したダンナが、試合で負けた格闘家のようにボロボロになって帰ってきて、今、時々苦悶の表情を浮かべながら爆睡している。
腰を壊してしまった。初期のヘルニアだそうだ。しかし、それだけではなかった。

歩行困難な状態のダンナの膝下を見たとき、私は特高に拷問死させられた小林多喜二の遺体の写真を思い出した。


剥離骨折が疑われるほどの内出血で、なぜこんなことになったのかを訊くと、作業中に船の縁で何度も足をぶつけるのだという。これは作業中にプロテクターでもしていないとマズいんじゃないか、と思うが、プロテクターなんぞをしたらしたで、今度は動きが鈍くなって、それもまた命取りになるという。

20トンの船上から大きな錨を海に落とすらしい。それはピタゴラスイッチのシステムのようによくできた仕組みらしいが、錨を繋いでいるロープに足を取られてしまうと、そのまま巻き込まれて海の藻屑になってしまうという。

網を引き揚げ、かかった魚を甲板に取り込んで、魚の仕分けをしているときに、ダンナはオコゼの針を手のひらに刺してしまったそうだ。オコゼの毒は神経毒で、命に関わることもあるのだが、何ともなかったのが凄い。何故今生きているのかわからない、ある種、神懸かり的な体験だそうだ。
そりゃそうだ。私はこの間ずっと毎朝、祝詞と観音経で祈りを欠かしたことが無かった。


大潮からは20時間洋上に出っぱなしで、休憩も睡眠も充分に摂れないまま、ダンナは過酷な作業を無我夢中でこなしていて、手の指先は摩擦で血豆と水脹れだらけになってしまった。
「もう無理です」とダンナは一週間前に、既に船長(車でダンナを連れ去った知らないオジさん)に、言ったそうだが、「そう、もうちょっと頑張ってみようか」と、そのまま洋上に出たきり、逃げ場も無く、船の上で拘束され続けたそうである。
この船長も、マトモそうに見えて頭がイカれているのか、命に関わる危険の水準がわかっていないというか、リミッターが無いというか。

ただ、ダンナは船酔いはしなかった。ふつう、この段階で多くのシロウトは脱落すると思う。その上島育ちで釣りが好きだから、魚種はかなり知っていた。
それでも、リアルな漁の現場のハードルは、想定を超える高さだった。結局、年齢からくる体力の壁を超えられなかった。このヤマを超えられなかったのは、とても悔しいらしい。
漁船に群れるサギ、カモメ。夢のような時間。しかし夢も金も掴み損ねた。「もっとゆっくりやれたらよかった」と、ダンナは身体を横たえ、悔恨の思いを吐露した。

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