半歩先の考察

もう誰も触ってくることはない。痴漢のことなど気にする必要もない程度に、私もババアになった。

私は、人の見た目どうこういう話は、好きではない。人を見た目で判断することは、好きではない。これまで生きてみて、どう考えても、見た目がすべてではなかった。人の目を見て話すとか話さないとか、そんなこと、その人を理解する上で何の指針にもならない。人の目を見て分かることは、人の目を見て分かる程度のことのみである。「相手の目を見ればすべて分かる」など、完全な子供だましである。

先日、炭焼きの見学をしてきた。あわよくば、もしも願いが叶うなら、山奥でダンナと炭焼き夫婦になれたらステキだ、と私は思っている。

釜が神々しかった。そして、そこの炭焼き職人は、まるで仙人のように飄々とした趣きがあり、灰の染み込んだ赤いチェックの長袖を、しっかりシャツインで、ズボン前の「社会の窓」を半開きに着こなしていた。「常識人」ならそれを「人前で失礼な身なり」と断じるだろう。しかし、かのレベルに到達すると、それすらも違和感無くさまになるのだ。言うなれば時代を一歩、ではなく、半歩先取りしたスタイルである。「前、あいてますよ」なんて、野暮なくだらない忠告である。

一歩先へと歩みを進める人々は、半歩先を見落とすのである。私は、「社会の窓」のごときが、何ら人を測る物差しになり得ないという状態を想定できない人間に成り下がりたくはないので、人を見た目で判断するという傲慢を黙って軽蔑するのである。そんなに視覚の情報に依存していることに、危機感が無いのは恐ろしい。


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