私の無力

職場を転々とし、覚えては忘れ、覚えては忘れ、仕事も人もリセットを繰り返してきた。
けれど、私の無力のために暮らしが破壊されるままの人々のことを、私は忘れない。

私は何の力にもなれない。私の暮らしも、破壊されるがままである。
しかし、家族を失い、いのちの危険に晒され、寝る場所もままならないほどでは、まだない。

今日もみずほマイレージクラブの会員ページの終了で、資産総合閲覧サービスの登録をしながら、みずほ銀行が軍需産業や環境破壊につながる事業にも融資していることで、今後もみずほ銀行を継続して利用するか、やめるか、悩んだ。

ただ、私の資産は、みずほ銀行を利用するかやめるかを悩むほどの額でもなく、それについてみずほ銀行の中で嘲笑っているのがいると思うと、ひじょうに気分が悪く、さらに自分の無力さに押し潰されそうになるのだった。

せいぜいが、みずほ銀行の口座からNAJAT(武器輸出反対ネットワーク)に、わずかな賛同の寄付をする程度の反骨で、口座を利用している。合理的でない、意味のない、要らぬ反骨である。

こうして文字化すると、私の思うこととは毒にも薬にもならず、私が忘れずとも、他人に忘れ去られ葬り去られる、ほんとうに無力で存在したかどうかすらわからない、屁のような、なんだかな。

私とはいったい何であろうか。

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