私が移住を急ぐ理由

除夜の鐘が鳴ってない、恐ろしい正月である。

当初は今ここでお金を貯めて、そして「高知に移住しよう」と計画していた。
「移住する」という目的には「自給自足の暮らし」というビジョンが含まれている。
しかし、自転車操業の暮らしぶりの上にダンナの失業で、お金は貯まらなかった。
四国に来て三年目になろうとしている今、こんな状態では、ずっと移住のためのお金など貯まらないだろう。

「移住するために、まずお金が要る」と、そう思って生業を続けている期間が長くなり、やがて自己目的化して「金が要る」が目的にすり替わり、「移住する」という元の目的に永遠に辿り着けなくなりそうだ。それだと困る。そもそも自給自足のビジョンがあって私はここまで来ているので、目的が転倒してしまっては意味が無い。移住もせず、自給自足も目指さないのであれば、四国にいる意味自体が無くなる。

そこまで当初の目的に無責任な生き様はよくない。信念を軸にして、言行一致を目指して行動することは、スポーツの「心技体」同様のことである。

地方創生の機運もぼちぼち潮目の予感があって、行政による移住の促進も今後合理化がはかられるだろう。そうなった時に、我々のような者はもたもたしていると、またしてもまっ先に切り捨てられて、何の目論見も叶うことがない可能性がある。金持ちならまだしも、中途半端に歳をくっていて、子も無く、金も無い。唯一、現在我々は二人とも「身体が動く」ことが強みと思われる。腰を据えて仕事に取り組み、生活を安定させるのならば、移住する年齢は若いほどよく、もう一年も先延ばしにする時間は無い。最悪、自転車操業の暮らしも、移住先に移ってからやった方がよい。

あまりに不格好なカタチながら、先に移住を実現させておいて、そして次のステージに移ろうと思う。

それにしても、その金をどうするか。

しかしなぜ「金が無い」ということ、ダンナは金無くなってから言うのだろう。
明らかにリスク管理ができていない。しかも手元にある金は、消費者金融で借りた生活資金である。
失業保険もすでに切れているのに、安定した就職先が無かった。にも関わらず、焦る素振りも見せず、ダンナは食材などを買いに出掛けていた。

私はこの一年、何度も「自立支援センターに相談に行こうか?」とダンナに言ってきた。追い詰められてしまう手前で相談しないと、追い詰められてしまってからでは手遅れになるよ、と。しかし、ダンナ自身が「追い詰められている」と自覚することは、難しいことのようだった。

この金をどうするかについて、私は社協と公庫と銀行と、窓口を渡り歩いた。この経験はあまりに衝撃的だった。

コメント