頑張っても頑張っても詰んでくる人生

いつもいつも、ひとつひとつ丁寧に積み重ねていこうとしているのに、どうして崩されていくのだろう。
腰を据えて地域に定着していきたいと、いつも思っているのに、浮き草のように漂う根無し草の暮らしはいつまで続くのだろう。もうこれで最後だろうと思っていたら、まただ。

結局、ダンナが特に何をしたい人でもないのが、腰が据わらない理由だろうか。
そのダンナと一緒にいようとするからいけないのだろうか。
一緒にいようとするのがいけないなら、結婚すること、家族がいるということは、いけないことに違いないが、そんなはずはない。
一緒にいるからなんとか頑張れたものを、一緒にいないならば、もう頑張ることもできない。

まるでダンナが死んだような文面だ。
しかしなぜ、うちのダンナはどこに行っても、就業先がブラックばかりなのだろう。職安の求職票で内容をきちんと確認して就業先と合意のうえで働きはじめているのに、面接でも求職票にも無い条件に置き換わっている。
安い賃金はある程度覚悟しても、休みが無いことと、容量を超える仕事量は、人生を潰していく。賃金が安いんだからせめてちゃんと休ませろ、と思う。人生を潰す以上に、こんな職場では新人が定着しない。悪循環を改善することもなく、直にこの職場も潰れると思う。ついで、タバコを吸わないダンナに、分煙のできていない昭和風のタバコの副流煙が、また問題だ。
ダンナの夜中のイビキを聞いていると、この仕事では早晩もたないと思う。続けていけば死ぬか倒れるかしそうだ。
さらに、周りが親世代の高齢者ばかりで、こんな悩みを打ち明けられない。「オレたちの頃は…」なんて話は、なにひとつ問題を解決しない。

ダンナも、どこかにSOSを出せる性分でないから、手遅れのところまで追い詰められようとしている。
私も今、相談するアテが無いから、こんなところに思いを明文化している。
せめていつか、こうして悩み苦しんだことが役に立つときが来ればいいが、さてどうしよう。

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